死に行く父に最後まで聞けなかったたった一つのこと、最期だから伝えたたった一つのこと

父が末期ガンと診断され・・私の心は一気にフラッシュバックを起こし続けた。

っと同時に・・

「へぇそうなんだ、じゃぁこっちに迷惑かけずに死んでね」と言う言葉を自分自身に発することで自分の心が壊れないようにバランスをとっていることに気づいた

素直に泣けない自分が苦しかった。

お父さんって。

言えない自分。

クマ吉くん。それが父を呼ぶ時の呼び方だった。

お父さん・・そう呼ぶのは自分の中で苦しいことだった。自分がしてほしいことはいつもしてくれない父は理想の父親像ではなかった。

感情が乱れ、あの時の取り残された感情 にいつまでも引っ張られ続ける自分に生きづらさを感じてた

 

そんなある日のこと・・

そう・・父が亡くなる1ヶ月前・・

「子どもってさ、自由にしてあげないとダメだな・・

パパ色々厳しいこと沢山の言ったり、子どものためとか思ってルールを決めたりしたけどさ・・

ある時から、子どもを信頼して、自由にのびのびとさせてあげたほうがいいと思ったんだ」

病院へ向かう道・・線路で一旦停止をした時父がボソッと言った

はっとした。

特に何を言われたわけでもない、何か謝罪をされたわけでもない・・なのに・・父の後悔を感じた。

その夜、またフラッシュバックを起こした。

いつものあの場面

私に怒鳴る父

そしてその横でさらにまくし立てる母

あの場面・・

なのに・・

私の望む形ではなかったけど、その時の精一杯だったんだ

その言葉が私の心にすっと入ってきて・・涙を止めた。

そして、次の場面にリンクをした。

父が牧師として私の結婚式を執り行っている場面だった。

「結婚式とは・・・ 多くの人が喜び祝福をする反面・・ さみしさを感じる人もいるでしょう。 子育てを終える。 このさみしさです。 でも・・どんなときにもただひたすらに愛を追い求め、愛し合いなさい、許し合いなさい・・・」

暖かい空気が流れるのを感じた。

 

父に愛されていると思えたことがない

そんな思いをずっと抱いてた

だから聞けなかった

ねぇ・・私のこと・・愛してた・・?

確認したかった

言って欲しかった。

どの子もみんな愛しているよ

っと。

今なら聞ける・・やっとそう思えた

 

入院している父の元へ行くと・・母がいた。

聞けなかった。

翌日・・今日こそ聞こう

妹がいた・・

聞けなかった。

 

バカな質問って思うかもしれない、でもこのたった一言をいうことで・・自分がもう2度とあの場面にフラッシュバックしないような・・そんな気がしてた。

 

父の入院は長引いた。

痛み止めのモルヒネの影響で・・時々おかしくなることがあった。

普通の会話ができる時もあれば・・同じ動きをなんどもしたり・・子どものように騒いだり・・

そんな時主治医から

「もういつ亡くなってもおかしくない」

と言われた。

その日病院から帰ろうとすると父が言った

「来てくれてありがとう。本当に!嬉しかった」

ムスコとハグし、私は手を振った。父を抱きしめればよかった。これが父からでた最後の言葉だった。

その晩モルヒネの量が一気に増え、翌朝になると父は目も合わない会話もできない、自分の意思とは関係なく体が勝手に動いている・・・そんな状態だった。

 

それでも私は聞きたかった。

そんな父にすら・・聞きたかった

お父さん・・お父さん、あのさ、あのさ・・って。

もう自力で何もできない父を家に連れて帰ることになった。

最期の時を自宅で迎える決断をした

実家にいったらもう父と二人で話せることはない。

だから・・最後に姉妹に頼んだ。

「お父さんとまだ話してないから、時間が欲しい」

初めて父と二人になった。

手を握り・・父に話しかけた

「お父さん・・おーい・・聞こえてるー?おとうさん・・お父さん、あのさ・・しんば今日も学校行ったよ・・それでさ・・あのさ・・

私のこと・・愛して・・」

涙が出た

何も反応しない父に私は何を聞こうとしているんだ・・

それでも・・もう・・それでもよかったんだ、だってもう・・この先聞ける時がないんだから・・

「お父さん、あのさ・・私のこと・・あい・・愛して・・

 

愛してくれてありがとう

 

わかってた・・・愛されていることぐらい。

 

口から勝手に出た。

 

たった一つの言葉だった

 

わかってた

愛されていたことぐらい

もう手を握っても無反応で、目も合わない父に

私はそう伝えた

耳は最期まで聞こえていますから・・

 

看護師の言葉だけが救いだった

 

命のあるうちに伝えたかったのは感謝だけだった

愛されたいと願った

なんどもなんども。

人並みに甘えたかった

いつでも、どんな時でも

 

でもわかってたんだ、きっとずっと

 

愛されていたんだ。

この人に

爪の形も頑固なところも、無口になることろも・・そっくりな父を見ながら・・

不器用な父の愛をとっくに知っていたんだ。

それから数日後・・40回目の結婚記念日にお祝いのケーキを持って行くと・・父はその細くなった体で生きることを終えた。

 

父亡くなって5ヶ月がたった。

あの場面にフラッシュバックすることはもうなかった。

こんな・・これが私と父の物語。

ようやく私は救われた。

 

愛し合いなさい、許し合いなさい

 

父の言葉が聞こえた気がした。

 

 









4 件のコメント

  • おーちゃん、今年最後にいいものが見れました。

    私は以前、父との確執で死後も後悔があると書いたのですが、今も正直後悔はあるけど、前を向いて歩いて行こうと思えました!
    ありがとう。
    来年もおーちゃんもしんばくんもいい1年でありますように!

  • はじめまして、あきと申します。
    私は母との関係が辛く…親に甘えたくても甘えられず、逆に母からの甘えがしんどくて…距離を置いていました。2年前母にすい臓がんが見つかり『あ、やっと解放されるかも…』と思ってしまい罪悪感…。 幸い手術は成功し、今は再発も見られず元気です。でも終わりが見えた事で今は今しか聞けない事、出来ない事をして、後悔ないようにしたいと思います。
    親に理想の親像を求めてるうちはまだまだ自分も親離れが出来ていないのかな…と思って色々諦めています。同じようなおーせさんの話しを聞いて、モヤモヤしてる心の思いを文字に起こして下さってありがとうございます。少し整理出来ました。

  • 涙でます。フラッシュバック、取り残された感情、自分に置き換えて読んでしまう。お父さんと向き合えたおーせさんの告白、父さんは究極の口下手だからね、うれしかったんだよ。

  • おーせさん ありがとう。
    いろいろ込み上げ涙が出ました。
    私もがんばる。がんばる。

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